祭りのあとに

伊勢脱原発音楽祭が終わって一週間あまりが過ぎた。出店してくれた方もスポンサーをしてくれた方もありがとう。遊びに来てくれた友達、顔見れて心底嬉しかったね。みんなが楽しんでくれてたらそれが一番ハッピー、言うことない。何年かしたら、雨の中で一緒に楽しんだって事だけが残ってんだろね。


脱原発って一体なんだ?という自問は続く。何十年もほったらかしにしてきて、いきなり原発を止めろってのは理不尽な話なのかね?僕自身も向き合えているのかどうかわからない。ただね、ありゃダメだ。使いものにならない。危ないもん。それを容認しようとする政府や企業は狂っている。キチガイだ。


首相官邸前や関電前でのデモに参加されている方々、自分の体と行動で想いを表現をしている事、すばらしい。拡声器で叫んだり、太鼓をたたいたりとかは僕の趣味じゃないけど、そういう表現もあるんだろな。僕も参加してその空気を感じたい。でもね、本質はそこじゃないはず。


こっちはご機嫌で生きてんのに、アホ共が順番を間違える。生レバーを禁止する前に、放射性物質入りの食品が流通しないように対策を講じるのが普通。東電の値上げを議論する前に、放射性物質を撒き散らしている福島第一原発をどう処理するかを決めろ。震災瓦礫をどう処理するかを考えるよりも、汚染された地域をいかに安心して住めるようにするのか、もしくは避難するのかを検討しなよ。


緊急課題は、①食品流通、 ②原発事故の収束、③安全な暮らしの提供、この3点に尽きるのだ。けどこれらに対する対策がろくに実施されてない。のんびり消費税で議論している場合ではない。そんなこともわからないのか?無能すぎる。僕は無能な方々の集まりを信頼するほど、お人よしじゃない。さっさとやれ。


陰謀説だとか、大企業がどうのとか、金権政治がなんだとか、その類のことはイマイチわからない。それが本当だったとしても、その中で何十年と暮らしてきた。一晩で世の中は変わらないことはわかっている。同時に変えなきゃならないこともわかっている。


はっきり認識できていることは一つだ。僕は、「騙されるのが気にいらない」のだ。騙されたり、誤魔化されたり、無視されたり、一体、お前らは何様だ?本当のことを言え、正しいことをやれ、大切なことをほったらかすな、それがあんたの仕事だろ? なぜやらない?ここに僕の原動力の源がある。つまりはちゃんとやらない奴らに対する“怒り”だ。


伊勢脱原発音楽祭に対する僕のスタンスは一貫している。いつか死んじまうんだから、それまでしっかり唄わなきゃなんない。そのための場所を自分たちで作って、みんなで楽しんだ。その中で原子力発電所はもうおしまいだから、それにあわせて自分たちの生き方を見直そってことが伝わってりゃバッチリ。


いいお祭りだったな。次回もみんなで一緒に遊びましょ。幸せだったわ、ほんと。ミュージシャンでよかったよ、僕。